今月のコラム 文⁄塾長 大山重憲
自然回帰
「今朝採ってきたばかりなんだけど、食べて。ちょっとだけど。」
朝7時前。犬の散歩をして汗びっしょりになりながら、庭に水を撒いているところに隣家の「じいじい」が何かが入ったレジ袋を差し出してきた。
「何でしょう?」
「きゅうりなんだけど、出来が悪くて美味しくないと思うけど。」
「わあ、立派ですね!」
袋をのぞき込むと「訳あり」のきゅうりが数本、ゴワゴワっと入っていた。ひん曲がっていたり色あせていたり。およそ「商品」になりえない代物である。
「今年は雨が少なかったんで、だめだね。」
「いやあ、無農薬野菜ですもんね。採り立てで。ありがとうございます。もろきゅうで味噌つけて食べると美味しいんですよね。」
隣家の「じいじい」は近所に10坪ほどの畑を借りて家庭菜園を営んでいる。収穫すると、採りたての季節の野菜をくださるのである。
「今年は早くから暑くなったから、きゅうりも悲鳴を上げてて、だからこんなに形が悪くなっちゃったよ。まいった。」
「何か、チカラが入ってる感じですね。気合いが入ってるって感じ。」
「トマトもひびが入ってとてもダメだ。」
「食べられるんですよね。」
「食べれば美味しいんだけどね。」
「いいですね。自給自足で。」
「まあ、楽しみでやってるから。」
真茶色に日焼けした顔には、満足感やら充実感がにじみ出ているように見えた。
宝石商を営んでいる70歳近いTさんが、ある日、夕方になってひょっこり我が家にやってきた。
「突然でごめんね。」
「どうされたんですか?」
普段はシャキッとスーツに身をくるんでる人が、よれよれのTシャツにジーンズ姿で現れた。
「これ。」
と言って、軽トラに積んだ段ボール箱を指差した。
「何ですか?」
見ると、ジャガイモである。
「こんなにどうしたんですか?」
「うちで採れたの。」
「うち、って?」
「畑をやっててさ、いっぱい採れたもんだから。」
「え?畑やってんですか?」
宝石商と畑と、畑違い(笑)に一瞬戸惑った。
さいたま市に住んでいながら加須市に家庭菜園を持っているのだと言う。なんでそんな遠くに持っているのかと聞いたら、たまたま知り合いの畑が遊んでいるから使っていいというので、使わせてもらっているのだそうだ。
「畑やってる時が一番楽しいね。」
普段見たことのない笑顔が本当に幸せそうだった。
土を触る生活。第二の人生に取り入れようか、そんな出来事だった。