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今月のコラム 文⁄塾長 大山重憲

周到

真っ赤に染まった本拠地マツダスタジアムは他球団の脅威となり、いくつもの劇的な勝利を呼び込んだ。

「球場の雰囲気が我々にアドバンテージを与えてくれる。」と緒方監督は感謝する。スタンドを連日、ほぼ満員に埋める熱烈なファンの応援が快進撃を後押しした。

9月11日現在の観客動員数は約196万人。初めて200万人を超えた昨季に続く大台突破は確実で、3万3千人収容の本拠地に1試合平均2万9800人が集まる。

老朽化した広島市民球場の最終シーズン、2008年の観客動員数は約139万人だった。それがマツダスタジアムが開場した翌09年、前年比34.7%増の約187万3千人と飛躍的に数字を伸ばした。

クッションに寝転んで観戦したり、試合中にバーベキューを楽しんだりできるエリアを新たに設置。斬新な発想を盛り込んだ新球場はファンを引き付けた。

なかなか進まなかった新球場建設の機運を高めたのは、04年に起こった球界再編問題である。

プロ野球人気に陰りが見え、頼みの放映権収入も激減した。「毎年5億円単位で落ち込んだ。カープは一体どうなるんだ、と地元が危機感を持ってくれた」と鈴木球団本部長は言う。経済界が一体となった新球場づくりが進み、そこに球団のアイディアが生かされた。

広島は将来に備えたプランを練ろうと1990年代から毎年、球団職員を米国へ派遣してきた。営業担当、グランドキーパーなど多様な人材が大リーグからマイナーに至るまで30以上の球場を視察した。

「祖父母から孫までの3世代に来てもらい、3時間飽きずに楽しんでもらう。そんな理想を追い求めてきた」と野平真・企画グループ長は振り返る。

柵がなく、場内を一周できるコンコース、勾配の緩やかな階段、広い座席空間。ゆったりと観戦できる環境を実現したことが、ターゲットに絞っていなかった「カープ女子」と呼ばれる多くの女性客をも呼び込んだ。

客席で立ったり座ったりするスクワット応援など、一体感のある雰囲気も手伝い、一度足を運んだファンはリピーターへと変わった。ビジター球場をも赤く染めるカープファンは、今や全国区である。

市民球場時代の07年は売上高62億9000万円、最終利益1700万円だったのが、15年は史上最高の売上高148億3256万円、最終利益7億6133万円まで伸びた。業績の急成長が、大黒柱としてチームをけん引した 黒田の復帰を可能にしたと言っても過言ではない。

オフに毎年、黒田と会食してきた鈴木本部長は「昨季の年俸4億円はチームが示せる最大級の誠意。これが用意できたことに加え、新球場の環境や熱烈な応援に、本気で優勝を狙えると感じてもらえたのが大きい」と言う。新たな器を追い風にファンの心を掴もうと、球団が欠かさなかった経営努力。その先に25年ぶりのリーグ優勝という歓喜が訪れた。

一方、選手の獲得と養成にもぶれない戦略がある。今季4年目の鈴木はカープ躍進を象徴する存在だ。東京・二松学舎大付高時代は甲子園とは無縁だったが、50m5秒8、高校通算43本塁打と、走力があって肩が強く、スイングスピードが速い優れた身体能力を緒方スカウトは買い、当時は投手だった鈴木をドラフト2位で野手で獲得した。

世代構成や選手の伸びしろを熟考して戦力補強を図り、有望株には2軍での実戦機会を豊富に与えて成長を我慢して待つ姿勢は、選手のやる気を引き出した。鈴木は2軍の大野寮にいた頃、門限の午後10時半を回っても室内練習場で延々とバットを振り続けた。その練習量は、寮長が「せめて明かりを消してひっそりやってくれ」と頼み込んだほどだ。

その鈴木は今季22歳を迎え、5番打者に座って打率3割3分3厘、26本塁打、88打点と一気に台頭。6月のオリックス戦では2試合連続サヨナラ弾でチームを勢いに乗せた。

ノウハウを培ってきたドラフト戦略が伝統の猛練習に支えられてようやく開花。25年の時を経て、成熟した果実を実らせた。

台本無きドラマは周到に準備された舞台装置と役者によって演じられ、観客を狂喜乱舞の世界に誘 いざなった。 25年ぶりのリーグ優勝。カープの劇的な快挙である。

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