今月のコラム 文⁄塾長 大山重憲
琢磨
オックスフォード大学教授の苅谷剛彦氏が英米の大学と日本の大学について大変興味深い比較をしているので紹介します。
日本以外の人々に「日本では四年生は就職活動に明け暮れてあまり授業に出ない。そもそも勉強する時間がない」などと話すと一様に驚かれる。「授業料を払っているのにもったいないではないか。自分のスキルアップのために大学に行っているのにマイナスではないか」と。単純に海外の大学に通っている学生と比べて、半年から一年分学習の時間が少ないのだから日本は人材育成の面で大変な時間の無駄 遣いをしているとしか言いようがない。
英米などでは大学を卒業してからが就職活動のスタートである。そもそも採用の可否、仕事の内容、給料などの待遇は、大学時代に身につけたスキル(成績)によって決まるのである。
授業のスタイルを見ても基本的に違いがある。日本では教員が多数の学生の前で一方的に授業内容を伝える「講義」が中心だが、オックスブリッジ(オックスフォード大学とケンブリッジ大学)ではチュートリアルなど個別指導が基本である。成績の評価も、日本では試験やレポートで理解度が評価されるのに対し、欧米ではそれに加え、批判的能力や自分なりの思考展開が重視される。既知の内容を効率よく伝えることに力点を置いた日本型と、一人ひとりに考えさせ、批判的な思考、問題の発見・解決に力点を置く英米型、という対比も成り立つ。
大学の国際ランキングというものがある。日本ではそれほど気にすることもなかったが、英米の大学にとってはこのランキングは死活問題にもなりかねない重要なものなのだ。代表的なものとしてイギリスの大学教育雑誌「Times Higher Education」によると1位はカリフォルニア工科大、2位はオックスフォード、3位がハーバード、ベスト10はすべて英米の大学で占められている。日本ではやっと23位に東大である。
英米の代表的な大学は、日々、世界中から集まってくる優秀な研究者や学生や資金の争奪戦を行っているようなものである。オックスフォードでは学部生の15%、大学院生の60%が外国人である。ちなみに東大は学部生の2%、大学院生の18%である。
当然、国際的に優秀な学生が大学を選ぶ基準の一つが大学ランキングである。万が一、オックスフォード大学のシステムが世界の潮流から取り残され、どのランキングでもトップ10から抜け落ちるようなことがあったら、経営のトップは責任を取らされ入れ替えが起きるだろう。そんな状態を放置すれば、学生も教員も外部資金も他の大学に流出し、存在意義さえ疑われてしまうからである。
そのため、古い歴史と実績を持つ大学ほど、それを維持するために猛烈な勢いで自己改革を進めているのである。ビジネススクールとしてハーバードなどのアメリカの大学が先行すれば、オックスフォードでも新たに経営学の大学院を設置する、といった具合である。最近では、パブリックマネジメントにも力を入れている。官僚や政治家など公的な事業体を動かすことのできる人材の育成に大きな関心が寄せられているのだ。この分野でもアメリカの大学が先行していたが、国家戦略の上で重要な機能を担っているため、各国の主要大学で力を入れ始めているのである。
例えば第三世界からオックスフォードのパブリックマネジメントの大学院で学ぶ学生は、将来、その国を担う指導者になる可能性が高い。そうした人材が青春の一時期を机を共にし学ぶことは長じてから大きな財産になるだろう。そこに国際的な同窓生のネットワークが形成されるからである。ミャンマーのアウン・サン・スーチーさんが軟禁を解かれ政治活動を開始した直後に、彼女の母校であるオックスフォード大学は彼女の名前を冠した基金を作った。これも、ミャンマーのこれからを担う人材をオックスフォードに呼び込むための戦略なのである。
日本の大学はトップレベルの大学といえども幸か不幸かこうしたグローバルな競争にはさらされていない。日本語の壁に守られているために外国の大学と競争する必要がなかったのだ。しかし、今後、世界の潮流に取り残されないために自分たちが今学んでいることが世界の最先端なのだという実感を得られる社会科学系大学院などの教育機関の設立が急がれていると思うのである。