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今月のコラム 文⁄塾長 大山重憲
2014年2月
伝播
「しあわせ運べるように」 作詞・作曲 臼井 真
地震にも 負けない 強い心をもって
亡くなった方々のぶんも 毎日を 大切に 生きてゆこう
傷ついた神戸を もとの姿にもどそう
支えあう心と 明日への 希望を胸に
響きわたれ ぼくたちの歌
生まれ変わる 神戸のまちに
届けたい わたしたちの歌 しあわせ 運べるように
地震にも 負けない 強い絆をつくり
亡くなった方々のぶんも 毎日を 大切に 生きてゆこう
傷ついた神戸を もとの姿にもどそう
やさしい春の光のような 未来を夢み
響きわたれ ぼくたちの歌
生まれ変わる 神戸のまちに
届けたい わたしたちの歌 しあわせ 運べるように
届けたい わたしたちの歌 しあわせ 運べるように
「しあわせ運べるように」の作詞・作曲者である臼井真先生は1960年兵庫県神戸市生まれ。現在神戸市立西灘小学校で音楽専科教諭を務める。1995年1月17日、阪神淡路大震災で東灘区の自宅が全壊。震災から約2週間後、身を寄せていた親戚宅で、生まれ育った街の変わり果てた姿をテレビニュースで見て衝撃を受け、絶望感で胸がいっぱいになった。その時、こんな思いが頭をよぎった。「子どもたちの歌声で、壊れた神戸の街を包みたい」「生まれ育った神戸の復興のために自分ができることは音楽で表現することしかない」。臼井先生はそばにあったB4の紙を急いで取った。鉛筆で歌詞を走り書きしメロディーを加え、わずか10分でこの曲は生まれたのだ。
この曲はたちまち多くの人々の心を捉え希望の灯となり、神戸復興を願うシンボル曲になった。神戸では市内の小学校をはじめ、追悼式典、KOBE ルミナリエ、成人式等で19年間心を込めて大切に歌い継がれている。
2004年新潟中越地震の際は神戸から被災地に届けられた。2011年東日本大震災後、東日本の被災地に一気に広がり、感動を呼んでいる。また、英語、中国語、フランス語、ペルシャ語、トルコ語、イタリア語、カンボジア語、ハンガリー語に訳されて海外でも歌われている。
臼井先生は音楽を通して優しさや人の心の痛みがわかる子、目に見えないものの美しさがわかる子、様々なことに感動して涙を流せるような子になってほしいと願い、そして、小学生の時に何かに心が動かされて感動できる子、涙を流せるような子になれれば、大人になってもいろいろなことに感動できるような人になるだろう、と信じながら子どもたちに音楽を教えている。現在は勤務する小学校で音楽を教えながら各地で「しあわせ運べるように」の指導、曲に込めた想いなどについての講演活動も行う。また、独自の音楽指導でも知られ、小学生のための自作のオリジナル曲を300曲以上作詞・作曲している。なかでも「みえない翼」は神戸市内の小学校で広く歌われる曲の一つで、この曲を歌う児童や保護者の多くが心打たれ涙している。
福島では歌詞中の「神戸」を「福島」に替えて歌われている。