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今月のコラム 文⁄塾長 大山重憲
2013年11月
哲理
2002年5月、AY氏は世界最年少でエベレストに登り、七大陸最高峰登頂に成功した。
小児喘息を患い体の弱かったAY氏は「自分は頭で生きていくしかない」のだと信じていた。小学4年生からの3年間、朝起きた瞬間から学校の始業ぎりぎりまで漢字や計算のドリルをやり、休み時間も勉強して放課後は塾。帰宅後もすぐに机に向かい、食事中は兄弟と県庁所在地や各国の首都を当てるクイズをやって、息抜きに「まんが日本の歴史」を読む…。猛勉強の末、灘中学校に合格した。合格発表の時、母親は「これ以上、勉強させられる時間は一分もなかった」と泣き崩れたという。
灘中学校時代に山と出会う。初めての登山は、体を鍛えようと入部したワンダーフォーゲル部の合宿で行った屋久島だった。360度の自然に囲まれるという圧倒的な風景に身を置いて「人間も自然の一部なんだ」という思いが湧き起こり、この体験がライフワークとして登山に取り組むきっかけになった。
エベレスト登頂を東大1年生の時に宣言した。世界で最も難しいと言われ真夏に登るK2が目標であれば、登攀(とうはん)技術を磨くトレーニングが必要だったが、夏のモンスーンのせいで春と秋にしか入れないエベレストでは、耐寒トレーニングを重視しなければならなかった。エベレスト登頂という具体的な目標から逆算して計画を立てたからこそ、最年少登頂という記録を達成できたのだ。
大学卒業後、マッキンゼー(世界44か国に支社を持ち全世界の主要企業を対象にグローバルな戦略系コンサルティングを行っている)に入社、「目線を上げる」=俯瞰した立場から将来を見据えた議論をすることの必要を学び、現在、独立して登山関連の事業展開をしている。
AY氏は言う。
「人生には限りがあります。全力で夢の実現に取り組むのなら、何か一つを選ぶのではなく、選び取った以外の物事をすべて切り捨てる覚悟が必要です。」
「マッキンゼーは成長至上主義の会社です。常に熱中できるだけの困難な課題が与えられ成長を促されます。成長は麻薬です。これほどの快感はなかなかない。けれども成長は目的を達成するための手段に過ぎないはずです。成長とは今の自分の否定から始まります。現状から何ができるかを考えるのではなく、今何をしなければならないかを考えることです。」
一つのことの成就のために、他の切り捨ては避けて通れないという「原則」は一面当たっているだろうし、そういう生き方をAY氏はしてきた。冷徹なほどに自己否定をしてきたのだろう。しかし、彼からは「切り捨てる」という言葉は聞けても「犠牲」という言葉は終ぞ(ついぞ)聞かれない。物事の成功や成就のためには「〜を犠牲にしなくては」と、巷ではよく耳にするが。
1個のリンゴを収穫するために100個のリンゴを摘果するという。1個のために100個が「犠牲」になっているとも言える。100個が1個を「生かしてる」とも言える。自然の「哲理」なのだ。
一つのことに生きていると、すべてが有機的に関連して意味を持ってくる。時には啓示的にやってくることもある。何かを「切り捨てる」ことがあったとしても、それは「犠牲」ではない。一極集中することで擦り抜けて行ってしまうだけなのだ。
自然にも人にも「哲理」がある。その哲理に則って(のっとって)生きる。事を成し遂げるための、それがまた「哲理」なのだろう。