「信じます、君の可能性 伝えます、学ぶ心」  フェニックス アカデミー

今月のコラム 文⁄塾長 大山重憲

2013年5月

標本

朝日新聞の書評欄でしばしばその著書が紹介されるようになったNM氏は、私の大学時代の4歳後輩である。著作は今や90冊を超え、筑波大学付属駒場高校の国語の入試問題にも採用される程になるとは、当時、誰が想像できたろう。

彼は現在、文学や政治、法、歴史などの領域でactuality(現実味)の高い言論活動を展開している、金沢大学法学類の教授である。

東大理科砧爐妨縮鮃膤覆靴憧屬發覆、私の所属する大学新聞の活動に参加した。いつも目をパチクリさせながら、にこやかな笑みを浮かべ、常に何かを考えている風の彼は、中肉中背で髪はボサボサ、内股に歩く風体が何とも憎めない愛嬌を漂わせていた。理系に入学したのではあるが、大学新聞の原稿を書いていくうちに、 次第に人文社会系の書物を多読するようになり、誰が見ても文系人間になった。

紙面1 ページの論説の依頼をすると、

「まあ、それはあのお、そのお…」と、あごを親指と人差し指で挟んで、嬉しそうに目をパチクリさせながら独り言を言い始めるのである。

「3日後までにお願いね。」

「まあ、…。」と、今度は首を傾げたり、時折真剣な表情を見せたりしながら、行動し始めるのである。行先は図書館。友人の貸し出しカードを借用し、20〜30冊の本を一気に借りてきて、床に寝そべり、膝を組み、頬づえをつきながら、読むのである。そして、原稿を書き始める。鉛筆で。腹ばいになって。

「あのお、できたんですけど…。」

「えっ?もうできたの!?」

依頼してから2日後のことである。文字通り寝食忘れてのことである。見ると、太字の鉛筆書きで書かれた原稿用紙が30枚。読んでみる。さっぱりわからない。でも、何やらすごいことが書かれているらしいことは感じられる。

「N君、すごいなあ。」

「いやあ、それはあのお…。」また、何やら独り言を始めるのである。でも、一仕事仕上げた満足感と達成感に溢れていることは、十分、伝わってきた。

編集長の自分が何が書かれているのかわからないまま、その原稿は採用され掲載されるのである。そして発行日。電話が鳴る。教授からである。

「今日の新聞の論説の執筆者は?」

「NM君です。」

「学部学科は?」

「教養学部、理気裡映生です。」

「えっ、…?」

その後彼は教育学部に文転し、数多くの論説を大学新聞に発表し、博士課程を修了して某新聞社に入り、現在に至るのである。

1週間後にスウェーデンから留学生が研修に来る、との報に、スウェーデン語を勉強し始め、通訳をやってのけたエピソードも、彼の天才ぶりを示す、十分過ぎる材料である。

誰が止めようとしても止められないレールの上を、彼はひた走りに走っている。人間の思考の深遠さと広大さ、そして緻密さを、彼の中に見る。天才の標本である。

今この時にも、何かを読み、考え、書いている。そういう半生を生きてきたのだろう。然るべく、生きてきたのだろう。

NMと呼び捨てしていた彼はNM君となりNM氏となった。人の一生を、考えた。

今月のコラムへ戻る バックナンバー一覧へ戻る TOPへ戻る