「信じます、君の可能性 伝えます、学ぶ心」  フェニックス アカデミー

今月のコラム バックナンバー 文⁄塾長 大山重憲

2011年9月

素(す)

「人間は社会的動物である」〜アリストテレス。

私が最近通っている病院の受付で、ある患者さんが頭部のMRI検査をするらしく、事前の注意事項について説明を受けていました。受付の若い女性職員は終始、笑顔で話し、見ていてとても感じのいい、気持ちのいいやり取りでした。その患者さんもいつしか笑顔が「伝染」したようで、「ご丁寧にありがとうございました。」と言って笑顔で帰って行きました。

その後も一人、また一人、別の患者さんが受付でその職員と言葉を交わしたのですが、女性職員は同じように笑顔を絶やさず、それはそれは気持ちのいい光景でした。「どうしてあんな笑顔になれるのだろう。」「きっと自分の仕事に誇りを持っているんだろう。」「充実してるんだろう。」…。いろいろな思いがよぎりました。

「人間は社会的動物である」から、仕事がしたい、人の役に立ちたい、社会に貢献したい、能力を発揮したい、人から評価されたい、認められたい、と思うのは自然なこと。そして、人と人とが関わり合いながら生きている以上、「自分さえよければいい、自分さえ幸せになれれば他人はどうでもいい」ことはあり得ず、人を無視して「自分だけが幸せ」にはなりえないこと。自分が幸せになるためには周りの人を幸せにしてあげるよう努めるべきであること。自分が幸せになりたいと頑張っても、周りの人が不幸せであったら自分も本当には幸せとは言えないのではないか。極端に言えば、自分以外のすべての人たちが不幸せでありながら、自分だけが幸せだとは決して言えない、等々、考えさせられました。

被災地の人たちに思いを馳せて「今、自分にできること」をと、救援物資を送ったり、ボランティアに行ったり、義援金を寄付したり…、というのは、人間として自然の発露なのだと思います。言うならば「素」の人間の姿。心むき出しの人間。作為のない、飾りのない人間の姿だと思います。

「野球をさせてもらっていることへの感謝の気持ちを忘れずに」という、甲子園でも各地方大会でも選手宣誓に盛られたフレーズに込められた思いもまた、選手達の思いにとどまらず、人の「素」の気持ちそのものだと思うのです。

このたびの震災をきっかけに、人間の本質に関わるテーマを改めて考えさせられたり見直させられたりしていますが、重苦しい思いをやっとのことで持ち上げて、持ち上がりそうもなかった足をやっとの思いで持ち上げて、一歩を踏み出し始めた被災地の皆さんから、かえって私自身が力を頂くことがたくさんありました。諦めそうになった自分の道を、やはり頑張って歩むことにした人たちから、「頑張るということがどういうことか」ということも教えてもらいました。

境遇は違っても、気持ちを共有しようという心の姿勢の尊さや、そうすることで、ややもすると忘れられがちな「素」の自分を見出せることも、感謝してやまないことなのです。皮肉なことではありますが。

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