「信じます、君の可能性 伝えます、学ぶ心」  フェニックス アカデミー

今月のコラム バックナンバー 文⁄塾長 大山重憲

2011年6月

情け

大型連休中に茨城県の大洗に行って来ました。毎夏、海水浴に行くたびに世話になっているマリンスポーツクラブのオーナーがサンビーチの隅にクラブハウスを持っていて、このたびの津波で流されてしまったのではないかと気掛かりで仕方なくていたところ、やっと機会を得て訪ねることにしたのです。

津波の被害を受けた町は震災から2か月が経とうとしている中、連休に間に合わせようと、町中に散乱した瓦礫が広大な一か所の集積場に積み上げられてあったほかは、表面上は何事もなかったかのように見えました。しかし、奥行きの広く長いビーチで知られる海水浴場の、毎夏訪れる際、目印にしている看板や建物が全く目に留まらず、ただただ人気(ひとけ)のない広いだけのビーチに様変わりしている風景は、何やら殺風景な空虚さを感じさせられました。

そして、気になっていたクラブハウス。やはり、いつもの目印もなくなって、おっかなびっくりビーチ沿いの道をゆっくり車を走らせていくと、まず、馴染みの日帰り温泉が現れました。見た目には被害に遭った様子もなく、周辺の民宿や民家も健在でした。やや安堵感を覚えてさらに車を走らせると、あったのです。いつものクラブハウス。なくなってしまっていると思っていただけに、砂利道に車を止め、はやる思いで足早にハウスに歩み寄りました。いつも通りの建物でした。遠巻きに中の様子をそっと覗き込むように体を曲げて見てみると、中に人影が見えました。「誰かいる…。」と、私の姿を見て、一人の人が中から出てきました。「あーっ…。」心の中では「ご無沙汰してます。大丈夫だったんですね。どうだったんですか?」と、叫んでいましたが、口には出てきませんでした。私より先にそのオーナーは「よくきてくれたな。まいったよ。」と、口火を切ってくれたのです。「正直、なくなっているのかと思いましたよ。気になって気になって、でも、来るに来れなくて…。」熱いものがこみ上げ、二人の間にしばらく沈黙が続きました。「でも、よかったです。」やっと言葉が出ました。

オーナーは黙ったまま中に入って行ってしまいました。気に障ったこと言ってしまったのかな。と、ばつの悪い思いでいると、「飲めや。」と、キンキンに冷えた缶ビールを差し出すのです。「えっ…。車なので…。」「でーじょーぶだっぺな、このぐれえ。」「はー。…。」「中に入れや。」

中に入ると、いつもと変わった様子はありませんでした。彼は話し始めました。「腰の深さまで水が来たけど、ここの辺は渦を巻いて、街中には入っていかなかったんだ。電気製品は全部だめになっちゃった。この中はぐちゃぐちゃで最近やっと落ち着いたんだ。一週間前まではそこらじゅう瓦礫や車や船が散らかってたんだ。」

例年、潮干狩りで大賑わいのビーチには、片手で数えられるくらいの人しかおらず、初夏を思わせる陽気が不釣り合いで、恨めしくさえ思われました。

「一瞬にして物理的な物や財産を失ってしまったけど、今まで、贅沢をしてきたのかな、なくても間に合う物がありすぎたな、なければないで済んじゃうものがいっぱいあったなと思う。いっぱい失ったけど、それ以上にもっと得たものがあるんさ。人の情けというものをいっぱい受けたさ。こんなに嬉しいことはない。ありがたいことはない。」 ハウスの中でバーベキューを御馳走してくれながら、その人はぼつりぼつりと語っていました。私は熱いものをこらえきれずに、ただただうなずいていることしかできませんでした。ここにいる自分も、彼らと繋がり続けながら、このたびの出来事の、自分にとっての意味を問い続けていきたいと思っているところです。

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